CDの作り手と聴き手の間

レーベルを作って失敗したことと、それでもCDを作り続けるわけ。

CDを作っても売れないよ。

作曲家 渋谷牧人のオリジナルレーベルを立ち上げようとしたとき、何人もの人からそう言われたことを今でも思い出す。

Nomius Nomosを立ち上げ、私が代表になって6年目。

メジャーレーベルとは違ったやり方を模索してきた、私たちの失敗と、それでもまだ続けている理由をお話ししようと思う。

 

 

業界を知らぬものが起こす、予算立ての失敗

作曲家のオリジナル作品集アルバムを作る場合のCD制作費用として、次の項目を考えていた。

  • レコーディング場所代(ホールやスタジオ)
  • 楽器(ピアノなどのレンタルや調律費用など)
  • 練習場所代
  • 演奏者へのギャラ
  • 録音エンジニアなどのスタッフ人件費
  • ジャケットやブックのデザイン料
  • プレス費用

しかし、ここからである。

CDにバーコードをつけるためのJANコード取得の事業社登録料、録音物の個別識別番号であるISRCの取得費用、店舗販売や流通にかかる営業費用やCDの郵送費用などなど。

消費者サイドでは見えない(というより私が見ていなかった)諸経費に後から気がつき、計算のやり直しを何度も行い、お金が足りるか?と冷や汗をかいたことを思い出す。

レコード会社で音楽業界に従事していたら当然知っていることを、別業種で働いていた私には全くなじみがなかった(言い訳)。レーベルマネージャーとしては、大失敗である。

 

締め切りの無さが招く経費のさらなる増大

「音楽家が納得が行くまで」といえば聞こえはいいが、自分たちで制作しているアルバムはとにかく制作期間が長くなりがち。

加えて作曲家の作品集の場合は、「楽曲の書き直し」が気分で発生する。

こうした時間のロス(夫よ、ごめんなさい)は、経費の面でもかなりイタイものである。

失敗を繰り返した今、アルバムリリースでは多少強引なデッドラインを設けている。

しかし、楽譜の出版となるとまた、『改訂版』などというものが出来上がったりしてしまうので、またまた発行が延びてしまうのであった。(今も、6月出版予定だった楽譜の発行が7月になったような現状である)

 

独立系インディーズレーベルの弱みと強み

大手レーベルで出してもらえるようなCDであれば、当然広報活動も全国流通もセットである。

しかし、独立系インディーズレーベルの場合はショップへの営業も自分でしなければならない。

これをどこまでやっていくかが、大問題。経費をかけて営業を行ったとしてもそれに見合う売り上げがあるとは言えない場合が多い。広告費もかけてもらえるメジャーとは大違いの弱みである。

さらに、レーベルを法人化した場合は、売れていないCDは在庫として大きくのしかかってくる。生産数を見誤ると大きな失敗となる。

一方で、自分たちで好きな時に好きなものを作れるのが、インディーズ最大の強みである。

マーケティングの結果や、流行り廃りではなく「本当に自分たちが作りたいものだけ」を(予算があれば)制作し、販売することができる。

我々にとっては、ここが一番のポイントだ。

そしてさらに、かけた経費を回収しよう、せっかく作ったのだから多くの人に聞いてもらおうとする「必死の自発的営業活動」が活発化する。この必死さもまた強みの一つである。

 

インディーズから世界へ

現在、渋谷牧人の楽曲は独自の道を進んでいる。

その大きなきっかけは、2015年にフランス・カンヌで行われた音楽業界の見本市MIDEMに参加できたことにある。

今年50回目を迎えたこの見本市では、テレビ局傘下の音楽出版社をはじめとした著作権を持つ音楽出版社、レコード会社、コンサート企画業者など、音楽のジャンルを問わず、世界中から企業が集まっている。

また世界進出のきっかけを作ろうとする若手アーティストが集まってくる。ブレイク前のSEKAI NO OWARIが参加していたり、また2012年には葉加瀬太郎さんのレーベルも出展しており、世界進出のきっかけを作っている。

このMIDEM開催中に各国企業と個別で行うミーティングでは、CDの音源をすぐに聴いてもらえ、また出版している楽譜を見せることによって、楽曲の価値をその場で認めてもらえる。チャンスは法人の大小ではなく、どの楽曲、コンテンツにも等しくあるといえる。

その結果、渋谷の作品の音源はイタリアのレーベルと契約し、フランスには著作権を扱うサブパブリッシング会社を置き、さらにはiTunesなどデジタル配信も独自のルートで始められるようになった。

 

CDの売れない時代に、なぜ私が自主制作CDの支援を行うのか

1998年は日本でCDが一番売れた年だった。

それからもうすぐ20年。今ではその売り上げは激減し、さらにデジタル配信によって「音楽を所有する」という消費者サイドの意識も全く変わってしまった。

確かにCDは売れていない。大手レーベルのリリースやPR活動にも変化が出ている。

しかし、見渡してみると私たちの日常で音楽がなくなっているようには見えない。映画や動画も音楽を常に必要とし、野外フェスの動員数は増加している。こうして、これまでとは別のやり方で、音楽を世に出していくようになっている。録音技術開発以降に続いていた、レコードやCDを作って売る、買う、という既存の商業方法論ではなくなったのだ。

私はこのコラムの初回で、演奏会を定期的に行っている演奏家はCDを作ることができると述べた。これは演奏会に来てもらっているお客様が、CD購入の見込み数であるというだけではない。

CDという「現物」を真ん中にして、それを直接サインしたりして渡す演奏家と、受け取る観客の間に「その日だけの特別な体験の共有」ができると考えているからである。

そして、その体験を経て持ち帰って聞くCDには、ただ店頭で買っただけのCDよりはるかに大切な価値がある。演奏家の音を、作曲家の思いを、実体験と一緒に保存してくれる特別なCDになるのだ。この「体験の共有」だけは、デジタル配信では生まれないものであると言っていい。

手に取れる「モノ」として、今はまだCDを作って売れる。
インディーズだから少ない枚数からでも作れる。自分たちの好きなように作れる。そこにまだ今は価値が十分に見出せるのである。

そしていずれ完全にデジタル配信という目に見えないものだけに移行しようと思ったら、レコーディングさえしておけば、その形をいつでも変えて、また聞いてくれる人に届けられるのである。

 

音楽は時間芸術であり、その一瞬の共有は空気と一緒に流れて消えてしまう。

その一瞬を残すためには、演奏家は録音しておかなければならないのだ。録音物の中にだけ、自分の軌跡を詰め込んでおけるのだから。

録音がある限り、どんなに音楽消費の方法が変わろうと、再生技術が変わろうと、アナログをデジタルに変えたようにその音源はまた形を変えて残っていく。

その録音を次は、世界のどこかで知らない誰かが聞いてくれるかもしれない。

 

レコーディングをする。レーベルを運営する。

それはただ商品を作って売るだけでなない。

距離と時間を超えた音楽の軌跡を、「残していく」という行為なのだ。

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渋谷ゆう子

作曲家・渋谷牧人のレーベル「Nomius Nomos」マネージングディレクター。アルバム制作や演奏会企画運営を手がける。プロアマを問わず演奏家とのつながりが深く、自主制作アルバムの支援も行っている。ワルター/ウィーンフィル/マーラー9番/1938年がお気に入り。3児の母。

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