CDの作り手と聴き手の間

あなたの知らない、音楽を楽しむ世界

仰け反りたくなるくらいの驚きの世界が、音楽を楽しむ人々の中にはある。

音楽を作ってきた人たちではなく、それを受けとる側に。

ひとことに音楽を楽しむと言っても、その楽しみ方は千差万別、そして海より深いディープな世界なのだ。

 

 

音楽は聴くだけにあらず。知られざるアマオケ界

クラシック音楽に興味を持たなければ、まず全く踏み込まない分野の一つが「アマチュアオーケストラ界」である。

ほぼ管楽器だけで編成される吹奏楽ではなく、弦楽器を含むオーケストラの編成で運営しているアマチュア団体は2016年現在、およそ1300団体(弊社調べ)も存在している。

全国年間アマオケ演奏会回数は1000回を超え、その内のおよそ8割が首都圏に存在しており、毎週複数のホールでアマオケによる演奏会が行わていることになる。

アマチュアオーケストラと一口で言っても、サントリーホールやオペラシティをびっしり埋めてくるようなプロはだしのオケから、地元公民間などで和気藹々と余暇を楽しむオケまで、実に様々な形態がある。

その演奏者人口は7万人以上。吹奏楽団体を合わせると、その数倍に跳ね上がる。(学生を入れるとさらに10倍となるとの調査もある)

それらの演奏者がおのおの、自分の楽器を用意し、楽譜を買ったり、またプロにレッスンを受けたり。

日本のクラシック音楽業界はこうした人たちによって成り立っているのである。

 

演奏会に足を運び続ける人々。年間200回以上の強者まで

平成23年度統計局社会生活基本調査結果によると、音楽会などによるクラシック音楽鑑賞は、全国のべ978万人。その内男性が318万人、女性が660万人である。年に1~4回という少数回の鑑賞人口でも、752万人にのぼる。

音楽業界が廃れた、お客様が減っている、CDが売れないという統計もあるが、一方でクラシック音楽だけに絞ってもこれだけのマーケットがまだ存在している。

首都圏のプロオケの定期会員となって毎回コンサートへ足を運ぶ人もいる。中には、年間200公演を聴きに行くようなコアなクラシックファンもいるのだ。(昼公演と夜公演の両方でお会いするような人々も!)

今更ながら、クラシック音楽の奥深さと魅力に、圧倒されるような数字である。

 

あなたの知らないぴゅ、、、ピュアオーディオ民

恐れ多くてどもってしまうが。

音楽を聴くために最も重要である「再生」に文字どおりピュアに取り組む人々がいらっしゃる。わかりやすく言えばオーディオマニアである。

レコードであれ、CDであれ、媒体に刻された音を正確かつ適切に読み取り、その読み込んだものをノイズや停滞なくスピーカーに送り込み、そして空間へ美しく放出させる。これがオーディオの本質である。

それにはまず、記録されたものを的確に読みこむ装置(レコードであれば針)が重要であり、それを伝えるアンプの性能であり、そしてケーブル類の良し悪しがあり、当然であるが出口装置であるスピーカーのスペックが重要である。

iPhone付属の白いイヤホンしか使ったことがない人は、ちょっとオーディオ機器メーカーの、そこそこいい値段のヘッドフォンを店頭で借り、いつも聞いている曲を同じiPhoneで出力してみてほしい。

あらやだ。こんな低音入っていたのね、あら、ヴァイオリンの高音が綺麗!と気がつくハズである。

同じデータを入れていても、ケーブルや出口が違えば、ぜんっぜん違う!のである。

これを突き詰めていくと、オーディオマニアになれる、、、かもしれない。

しかし、この趣味には相当の覚悟が必要である。

イヤホンですら100円ショップのものから数万円、ものによっては10万円を超えるし、スピーカーやアンプであればなおさらである。

全ての装置に性能の上下、価格の上下がもちろんあり、全てを思うように揃えようと思うと、車はおろか家を買えてしまうようなものまであり、それをどこまでどうするかが悩みどころとなる。

音響工学の知識も相当必要になってくる。

さらには、その音を聞くための専用の壁を持つ部屋がほしいし、ノイズを入れないためには専用の電圧がほしい、そのための電柱だって必要だ。

なんなら、その電柱によどみなく電気を送ってくれる「自分に適した」鉄塔がほしいし、発電の方法だって、、、、以下略。

私には恐れ多くて、これ以上は近寄れない未知の世界である。

 

レコーディング技術がもたらした聞く側の世界の変化

モーツァルトやベートーベンが生きた時代は、音楽と言えば教会や宮廷で演奏される「ライブ」だったことは言うまでもないだろう。

その後、録音技術が発達し、バイナルを量産できるようになって初めて、人々は「手軽に再生する楽しみ」を得た。

先のオーディオマニアが生まれてくるもの最ものことである。ピュアオーディオ民の中には、ほぼ「このレコードしか聞かない」という人さえいる。なぜなら、装置を変えつつ、出力の良し悪しを図るには、同じレコードで同じ音楽を比べる必要があるからである。

同じLP(しかも生産年も同じ)を10枚以上持っている人もいて、その熱心さに頭がさがる思いである。(なぜかクライバーのベートーベン5番だった)

同じものばかり聞く人がいる一方、最近ではこれまで当たり前だったCDを買う、ダウンロードで一曲ずつ購入するといった「音楽を所有して再生する」ということにも変化がでてきている。

サブスクリプション(定額課金で好きなだけ音楽を再生できる方式)も、今後さらに日本でも一般化されるだろう。

ありとあらゆる分野、楽曲を親指でスクロールするだけで触れられる環境は、ユーザーにとっては便利で快適この上ない。

私自身も最近ではもっぱらこのサブスクリプションで、今まで聞いたことのない演奏家をみつけたり、昔よく聞いていたけれど、もう手元にLPのない楽曲を聴いたりして楽しんでいる。

音楽を作っていく側としては、この再生方法の変化で「売り上げ金額が小さすぎる」という苦境に立たさせていることも事実であるが、一方で先に述べたように、ライブへ足を運ぶ人のマーケットはまだまだ健在である。

クラシックだけでなく、ロックやポップスのフェス人気をみるにつけ、次世代の音楽のあり方もここが転換期なのかもしれないと思うようにもなった。

 

そして、人からAIへ。

2016年6月にGoogleが発表した、人口知能がつくった80秒ほどの楽曲を聴いた人もいるだろう。

まだピアノの単音のみで展開されているだけだが、今後このプロジェクトはオープンソース化され、世界中のAI技術者だけでなく、楽典知識を持つ作曲家なども加わってさらに大きく発展していくことが予想されている。

すでに音だけであれば、ゲームや映画音楽の多くの割合を、DAWによって「演奏者なしで完成度の高い音源が作れる」ところまで来ている。

ソロパートの音源制作にはまだ人間の手を借りた音作りが必要であるとはいえ、今後サンプリングの発達がさらに加速されると、演奏者がレコーディングブースにいる必要がなくなることも想定される。

こうして作曲や演奏でさえ、人間が必要なくなってくるとしたら、それを受け取る「聞く側」もまた変化していくことだろうと思う。

そのアンチテーゼとして、すでに今「ライブ偏重」に多くの聴衆が流れているとしたら。

我々の無意識の中にはまだ、人の手による温かみある、不完全なものへの愛着があると言えるのではないか。

どんなに編集で完璧な音源をつくったところで、100パーセント正確なAIにかなわないとしたら。

消えてなくなる一瞬の不完全にこそ音楽の最高の美があるのだと、我々が実はわかっているのだとしたら。

 

音楽の未来はそんなに暗いわけじゃない。

むしろ、棲みわけこそ機知だと。

私はそう思っている。こんな台風ばかりの夏の終わりに。

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渋谷ゆう子

作曲家・渋谷牧人のレーベル「Nomius Nomos」マネージングディレクター。アルバム制作や演奏会企画運営を手がける。プロアマを問わず演奏家とのつながりが深く、自主制作アルバムの支援も行っている。ワルター/ウィーンフィル/マーラー9番/1938年がお気に入り。3児の母。

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