お客さまと長期的な信頼関係を築き、ファンになってもらうには何をすればいいのか疑問に思う広報・PR担当者や経営者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回お話をお伺いしたのは、京都でおばんざい居酒屋2店舗とお出汁を中心にした和食料理店の計3店舗の飲食店経営をしている中島健介さん。
飲食事業はもっとも開業率が高く、もっとも廃業率が高い業態と言われています。京都の中心部の飲食店激戦区でファンの心をつかみ、繁盛店をうみだした中島さんがどのようにファンづくりを行っているのか、PRライター本多佑里恵がお話をお伺いしました。
競合の多い飲食事業では、徹底的なニーズの把握とスタッフの意識を向上させることが大切
───どのようなPRを行っていますか。
中島健介(以下、中島):PRは打ち出したいものからはじめるよりは、どちらかというとニーズを把握することからはじめた方が効果的だと考えています。
1店舗めのおばんざい居酒屋を開店したとき、当初はとれたて野菜を食べることができる京野菜のお店という打ち出し方をしていましたが、あまりうまくいかなかったんです。そこで、ニーズを調査することにしたんです。まずは近隣の繁盛店をリサーチしました。
高級店、大衆居酒屋、女性向けの店など、どのようなお店が人気なのかを徹底的に調べることで、近隣でどのようなニーズがあるのかが分かったんです。
2つめはお店にきてくれたお客さまにどうやってお店を知って、何を求めてきてくれたのかを直接聞きました。そうして、住宅街にたたずむ町家のおばんざいにたどりつきました。
また、新店舗ができた時は「家族会」という、丸1日お店をしめてスタッフの家族を無料で招待し、おもてなしする機会を設けています。大切な人に笑顔でありがとうって言ってもらえたら嬉しいですよね。だからこそもっと誰かに喜んでほしいと思って自分の技術を向上させることや考え方を変えていこうと心から思える良い機会になります。
それがご来店してくださるお客さまへの対応にもつながり、リピーターとなってくださるファンづくりにつながって行くと思っています。
───PRについてどのようなお考えをお持ちですか。
中島:僕にとってPRとは、想いを伝えること。ターゲットを詳細に設定したり、こういうツールや表現を使うと伝わるだろうと頭で考えたことよりも、心からこうしたら喜んでくれる!と考えたことが人の心に1番伝わるんだと、実際にやってきて思いました。
1回きりのお客さまだったらいくらでもうまいことは言えますが、リピーターとなり、常連さまとなり、やがてファンになってくださり、協力者の段階を経ていく上では心で考えることが最も大切です。
ごまかさずにまっすぐお客さまと向き合い、心で考え想いを伝える。ファンづくりにつなげるPRは、それが欠かせないと思います。
ファンづくりのカギはお客さまに100%目を向けられる環境
───心で考えるPRとは具体的にどのようなことなのでしょうか。
中島:僕はPRを行うとき、ストーリーを大切にしています。お店は僕の人生そのものを表現しているんですよね。たとえば、僕のお店にはターゲットはいません。
こういうお店にしたいと考えたとき、そこにストーリーがなければ共感は得られにくい。僕の場合は、子どもだった頃に、妹、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、ひいおばあちゃんまでみんなが楽しめるあたたかい空間が自分にとっての素敵な場所で、そういうお店にしたいという想いがありました。
だからどのような人でも受け入れて、おうちに帰ってきたみたいに迎えいれられるあたたかい場所を目指しているんです。
提供している料理や店の外観、内装などに対してもすべて自分のストーリーとひもづいています。そうすることによってお客さまが共感してくれて、ファンづくりにもつながっていきます。
───具体的にストーリーやコンセプトにそったお店をつくるためにどのようなことをされていますか?
中島:あたたかい場所をつくるためには、スタッフがあたたかくお客さまを迎えいれることが必要だと考えています。そうするために、売上目標はスタッフには伝えないようにしています。
売上を追いかけるのではなく、目の前にいるお客さまに喜んでもらうことのつみかさねが売上につながるからです。スタッフにはお客さまが帰るときの表情や、またくるねと言ってもらえる回数をどれだけ増やせるかを大切にしようと伝えています。
そして、スタッフ同士が楽しく働けるように、スタッフ全員に適性検査をうけてもらって共有しています。スタッフ同士の強み、弱み、考え方のくせなどを理解して、お互いに受け入れあうために毎月1回の研修や更衣室にはそれぞれのスタッフがどのようなタイプなのかを掲示しています。
仕事上での1番のストレスは、「なぜあなたはこれをしないのか」、「なぜあなたはこのようなことをするのか」を、理解できないことだと考えています。
だからこそお互いの強みや弱みを知ることによって、だれかがうまくいかなくて失敗しても許せるようになるんです。そうすることによって、ストレスがなくなって心の状態が整い、100%お客さまに目を向けることにつながっていく環境を整えられるから。
PRで重要なのは「なぜ」を考え、「想い」を伝えていくこと
───お客さまをファンにするために他にはどのようなことをされていますか。
中島:お店のコンセプトである「おうちごはん」にそって、きてくれたお客さまにはいらっしゃいませではなく「こんばんは」、常連さまには「おかえりなさい」と挨拶するようにしています。
そして、常に大切にしているのは、ご来店してくださるお客さま1人ひとりのニーズを大事にすること。
たとえば、常連さまの仕事が遅かったとき、「晩ごはんを食べたいから定食をつくって」と言われたら定食もつくります。本来定食はメニューにないため、お客さまが多い時間帯は他のお客さまに迷惑がかかるのでやらないのですが、お客さまに迷惑がかからないのであればつくります。
定食は売上があがらないですが、求めてくださっているのだったら、つくってあげたらいいと考えています。その結果、お客さまが飲み会をするときにお店をつかってもらえたりするんですよね。
通常の居酒屋では売上が上がらないため、家族づれは入れないところが多いんですが、うちのお店は家族が原点なので家族づれの方でもどんな方でも受け入れています。
子どもが多少うるさくしても、基本的には許せる人がきてくださいねというスタンスです。お客さまを家族だと思って大切にすることによって、ファンが増えていくことにつながります。
僕のお店は、自分の想いや原点がサービスになっています。お店のコンセプトにそった取り組みをすることによって、他の競合店にはないオリジナリティを発揮できます。ここでしか味わえない空間づくりもファンづくりには欠かせないですね。
───これからPRに取り組む人へメッセージをお願いします。
中島:なぜそのビジネスをはじめたのか、なぜその人とやろうと思ったのか、なぜあなたに声をかけたのか、なぜそのビジネスモデルなのか、ということを考えてみてください。
お客さまや協力者を増やしたり、資金を集めたりするためには想いが最も大切だと考えています。なぜなら、誰かに納得してもらって支援をしてもらうことや商品を購入してもらうなどの行動をしてもらうときは、人の心を動かさないといけないので、「なぜ」という部分が重要になってくるんです。
たとえば周年イベントを開催するときには、いつ誰がどこで何をやるのかだけではなく、なぜ開催するのかを必ず伝えるようにしています。
売れる条件などを分析や頭で考えることばかりに頼っていては、他の競合店と差別化することが難しく負けてしまいます。
でも心からこうしたいという想いは独自のものなんです。自分の想いにそった取り組みを継続していくことによって、仲間やファンの心をつかむことにつながっていきます。
インタビューを終えて
ファンを増やすためには競合店と差別化することも大切だといわれていますが、そもそもなぜビジネスをするのかという自分の原点に立ち返り、その想い自体が差別化につながり、共感してくれる人が増え、ファンづくりにつながっていくということが学びとなりました。
今回の取材で中島さんがおっしゃっていたように心で考えたことは人の心に伝わり、だからこそファンが増えていくと思うので、これからPR・広報を担当する方はサービスの原点や想いを深掘りしてみることからはじめてみるのもよいのではないでしょうか。
(取材・執筆:PRライター 本多佑里恵 / 編集:PRライター 吉川実久)