酒と泪と女と女

何事も「自分が決めた」と思うこと。人のせいにしない人生の作りかた 篠田真貴子×川崎貴子対談(後編)

東京糸井重里事務所の取締役・CFOの篠田真貴子さんと、ninoyaブログでもおなじみの川崎貴子の対談が実現! 現在、篠田さんは12歳と8歳の2人の子どもを、川崎は10歳と3歳の2人の子どもを育てながら働いています。多くの女性が悩む結婚・出産とその後のキャリアについて語り合います。

ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼aで結ばれる新しい雇用
リード・ホフマン;ベン・カスノーカ;クリス・イェ (著), 篠田 真貴子;倉田 幸信 (翻訳)
ダイヤモンド社

(取材・文/朝井麻由美

 

出産によって、仕事の“芸風”が強制的に変わった

川崎:ここからは女性のキャリアについてのお話を伺っていきたいのですが、篠田さんが自分の働き方について一番考えたのはいつでしょうか?

 

篠田:一番考えたのは、出産の時期ですね。まず、わかりやすく時間的な制約を受けるので、考えざるを得ないという(笑)。

 

川崎:もうそれは誰しもついてまわることですよね。

 

篠田:それに私の場合、仕事でも学業でも、先まで見通してあり得そうなトラブルやリスクを予見して、そこで先に手を打っておくことでうまくいく、そういうスキルばかり磨いてきていました。でも、赤ん坊って当たり前ですが、予見のしようがないんですよ(笑)。だから余計に、今までと何もかもが変わってしまった感覚があって。何時にオムツ替えるのでよろしくお願いします、なんてできない。たとえるなら「大自然」ですよね。

 

川崎:大自然のパワーには敵わないですよね(笑)

 

篠田:そう(笑)。私が今までやってきたような、自分が主体的に動いて先を見通すことに対して、子育てのほうはとにかく受け身。受けたら、即反応、と都度都度やっていくしかなくて。これが自分の生活の中に組み込まれたことで、なんというか、仕事においても芸風を広げることになりました(笑)

 

――芸風!

 

川崎:わかります、すごくわかります!

 

篠田:こうやって、自分がコントロールできないものに対処していると、世の中の理不尽なことがちっぽけに見えてくるんですよね。例えば、仕事で口うるさいだけでパッとしないおじさまと関わることもあって、それを疎ましく思っていたんですけれども……そんなことはたいしたことじゃなかったな、と。

 

川崎:それに比べたらねぇ。

 

篠田:赤ん坊は言葉でのコミュニケーションは取れないけど、疎ましいおじさんは日本語通じる! オッケー! っていう(笑)

 

川崎:ありがたいわーっていう(笑)上司なんかよりもずっとストレートに無理難題を言ってきますからね。可愛さを武器に(笑)

 

篠田:もう、本当にね、そうですよね(笑)。それに、自分が子どもの世話をしていると、どんな嫌な人でも誰かがちゃんとかわいがっておっぱいを飲ませて育ててくれたから存在しているんだよな、というところにまで想像が及ぶようにもなりました。

 

川崎:私もです。長女出産後から、嫌いだったおじさん担当者も、ぶつかって謝らないおばさんも「皆、誰かの愛しい子どもだったんだなぁ。」って思うと、前より腹が立たなくなりました。

 

――解脱ですね。

 

川崎:解脱です。

 

篠田:そうなんです。もう一つ、育児のために仕事に割ける時間も限られている中、自分は何を為すべきなのか、をそれ以前にはないくらい突きつけられるんですね。

 

川崎:闇雲にやろうとしても物理的に不可能になりますからね。

 

篠田:それこそ最初は仕事も子育ても何もかもすべてやろうとして、闇雲に徹夜して、起きられなくなって、大失敗もしました。そのころは30歳代後半で、同級生や前職での同期がどんどん出世していくわけですよ。出遅れた! という焦燥感もめちゃくちゃありましたね。でも、自分の考えが少しずつクリアになった結果、私は出世して部下や予算が増えても嬉しくないし、実は昇進することは求めていないんじゃないか、と気づいていったんです。

 

川崎:何かきっかけはあったんですか?

 

篠田:それはもう、日々自分と向き合いながら働くうちに、徐々にです。正直、行き着いた答えが「出世を求めていない」だったのは、自分でもびっくりしました。皆が皆、出世を目指すものだと思っていて、ついこないだまで私はその出世コースに出遅れてしまったことを悔しがっていたわけですから。

 

川崎:「出世」がただ一つの正解だと思っていたんですね。

 

篠田:そうです、そうです。

 

川崎:それってきっと、みんな悩むところだと思うんですよ。子どもを産んだことで、キャリアが断絶されて、モヤモヤしている女性は少なくありません。篠田さんは、誰かに相談するわけでもなく、自分だけで考えて道が開けたのでしょうか?

 

篠田:そうですね……最初のきっかけは、当時私が所属していた会社の事業部のトップの方が急にお辞めになったときのこと。自分の仕事もしつつ、トップの方の代わりもしなければならなくなったんです。2歳児はいるわ、仕事は倍になるわ、てんてこ舞い。

 

川崎:2歳だったというのがまた、大変な時期でしたね。一番何をしでかすかわからない。うちは、2歳のときに窓を開けられるようになって、「このベランダから飛び降りたら、アンパンマンが助けてくれるよね?」とか言ってて、何度心の中で悲鳴をあげたことか(笑)

 

篠田:理性がないのに機動力がついてきますからね。私もこの当時、仕事で本当に疲れて帰ってきてバタンキューと寝てしまっていたら、耳元でジョキッ!と音がしたんですね。ハッと目が覚めたら、2歳の娘がハサミで私の髪を切ろうとしていました(苦笑)

 

川崎:目が覚めてよかった……!

 

篠田:話を戻しますと、仕事に育児に慌ただしい中、上の役職の方の仕事内容を少し経験したことで、「これ、目指したいか?」と思ったんですよね。こう思い始めてから、結構周りに相談しました。女性は共感してくれたけど、男性はキョトン、としていることが多かったですね。

 

――「え? 昇進したくないの?」と?

 

篠田:友人の男性に「いや、俺は部下が5人より10人、10人より100人のほうが嬉しいよ!」と言われて、衝撃的でした。

 

川崎:ご主人には相談しましたか?

 

篠田:夫には相談してないです。夫とはMBAを取るためのビジネススクールで同期だったんですが、そのときに一緒に授業を受けたり、一緒にプロジェクトをやったりした結果、家庭内に仕事のことを持ち込むのはよくない、と思ったんですよね。特にはっきりと言語化したわけじゃないですが、そのときの経験で、お互いになんとなくそういう意識を共有していて。

 

川崎:新婚の時期に二人にとってどんな関係が良いかを体験できたのは貴重ですね。

 

何事も「自分が決めた」と思えるように訓練する

川崎:篠田さんは20代でMBAを取られて、ずっとキャリアを積んでいくというビジョンをお持ちで、ご主人とならそのビジョンを実現していける、と思われての結婚だったのですか?

 

篠田:はい、そうですね。ただ、実際は仕事の量を調整しているのはいつも私です。自分で勝手に “調整すべきなのは私”と思ってやっている。で、そう思ってしまっている自分にもまた腹が立って、自分の中でグルグルしているわけですが。

 

川崎:誰のせいというわけでもない、やり場のない葛藤ですよね。

 

篠田:はい。キャリアがスローダウンすることに関して、すごく葛藤があったのは正直な気持ちです。そんなにスッキリした話ではなく、受け止めるのに5、6年かかっているんですよ。ただ、そのおかげで、糸井事務所に転職するという選択肢が目の前に現れて、それを選択できたわけですから。

 

川崎:「その苦しい期間があったから今がある」っていうことが、長く働いていると結構ありますよね。

 

篠田:結果論ですけどね。その糸井事務所がなんだかんだでもう8年目。今までで一番長く働いている職場です。

 

川崎:篠田さんが5、6年悩んでここまできたというのは、ほかの方にとっても励みになると思います。悩んで、自分の頭で考えて選択する、その葛藤は絶対に無駄じゃないんだよ、と。

 

篠田:恐縮です。こうやって振り返ってみると、本当に仕事だけに没頭するなんていう贅沢ができるのは、20代だけだったかもしれませんね。

 

川崎:ほんとうにそうでしたねぇ。歳を重ねるごとにだんだん、一つの事に没頭できなくなっていきますよね。私も毎日タスクぼんぼん来ますよ。あ、これ執筆するのね? あ、次は経営? え、PTA? で、次は義母対応とか(笑)悩んでる時間が無いです。

 

篠田:私の場合はたまたま結婚や出産、子育てに関して葛藤をしましたが、結婚や出産をしない方々でもそれぞれ別の形で何らかに直面するのだと思います。

 

――葛藤から抜ける上で、キーとなった考え方とかはありますでしょうか?

 

篠田:「自分で決めた」という感覚ですね。結局、今までの選択を振り返ってみると、全部自分が決めているんですよ。子どものせいでも夫のせいでもなく、自分が決めてる。何が起こっても、人のせいじゃなくて自分が選んだんだよね、と思えたほうがラクですし。ずっと葛藤してきたことが、そう思えるようになる訓練になっていたとも思います。

 

川崎:わかります。私も「人のせいにしない人生」が、ありとあらゆる決断の際の判断基準です。

 

篠田:それに、「自分が決めた」と思えば、努力で変えられる気がしますし。それでも、どうしても「理不尽だ」と思ってしまって、つい誰かや何かのせいにしたくなることもあると思います。そうならないためにも、いつも想定している選択肢とは別の可能性を知るようにしています。そうやってほかのルートがあることがわかるだけでも安心しますから。

 

川崎:確かにそうですね。そして、今までの葛藤が血となり肉となっていて、篠田さんがしなやかで魅力的な理由がとてもよく解りました。本日はどうもありがとうございました。

 

篠田: こちらこそ、ありがとうございました!

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川崎貴子

リントス株式会社代表。経営者歴21年。女性の裏と表を知り尽くし、フォローしてきた女性は1万人以上。「女のプロ」の異名を取る。プライベートではベンチャー経営者と結婚するも離婚。8歳年下のダンサーと2008年に再婚。12歳と5歳の娘を持つワーキングマザーでもある。著書に『私たちが仕事をやめてはいけない57の理由』(大和書房)、『愛は技術 何度失敗しても女は幸せになれる。』(ベストセラーズ)、『結婚したい女子のための ハンティング・レッスン』(総合法令出版)、二村ヒトシとの共著に『モテと非モテの境界線 AV監督と女社長の恋愛相談』(講談社)等がある。

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