CDの作り手と聴き手の間

セクシー衣装のピアニストはなぜ批判されるのか〜ユジャワンへの私信

前略 ユジャワン様

youtube動画の再生ボタンをクリックする前から、私はすでにその画面の小さなサムネイルで見えるあなたの大胆な衣装と、そしてもちろんその演奏に、今日も心躍らせています。

まるでピアノの前で飛び跳ねているかのようなあなたの演奏を初めて見た時、私は一瞬でファンになりました。

正確なタッチ、高速で動き回る指。そしてびっくりするくらいの音圧。なんという演奏技術なのかと。

難曲と言われる作品ですら、まるで子供がダンスをするかのように軽々と弾きこなし、そして口元には微笑みさえたたえて。

「すごい人が出てきた。こんなピアニストがいたんだ!」と心底驚いた記憶があります。

 

 

露出度の高い衣装への批判

ユジャワン様。あなたのその挑発的で露出の多い姿は、その超絶技巧の演奏よりも先に人の口に登ることが多いようです。

いささか布面積の小さすぎる衣装のせいで、本来の演奏へのコメントにたどり着かず、やれ下品だ、話題作りなだけだと、否定的な言葉ばかりが目立つことも多くあります。

確かに技術はあるけどと言ってもらえたらまだマシで、作曲家に対する冒涜だとまで言う演奏家さえいます。

セクシーな衣装の必要がない、目のやり場に困る。

クラシック音楽に性的なアピールは不似合いだと。

でもあなたの衣装は、本当に下品でいやらしいのでしょうか。いいえ、私はそう思っていません。

 

一般的なクラシック音楽の衣装とは

たしかに、一般的なクラシック音楽の女性ソリストの衣装はイブニングドレスの形です。

オーケストラや指揮者が正装をしていることを考えると、それに合わせるためには女性もイブニングドレスということになるでしょう。

肩を露出していて、胸のカットは深めのイブニングドレスの場合、ふくよかな胸元の女性の場合はそこに目が行くことだってあるはずです。

しかしその胸元に寄せられる視線については、伝統的正装であるという点からか、特別何も意見されたりはしません。

セクシーだからクラシック音楽に不適切だなんて言う人がいないのです。

不思議ですが。

ですからユジャワン。あなたへの批判の大元は、胸元の開き具合ではなく、もっぱら足の露出への批判ということになるでしょう。

体のラインがくっきりわかるようなぴったりしたドレス、短いスカート、長いスカートでも足があらわになる深いスリット。

足を出すのがけしからん、ということなのですね。

 

戦略としての衣装なのか

あなたのその衣装が、事務所やレコード会社の策略なのかどうかなんて、私はどうでもいいと思っているのです。

大事なことは「あなたがそれを選んで着て、演奏している」という現実だけです。

本意はどうあれ、あのような露出度の高い衣装を着て人前に出るには、相応の覚悟が女性には必要です。

女性にとっての装いは、日常服でさえ社会的、個人的な計算がそこにあります。

何を着るかは、常に「どう見せたいか。どう見られるべきか。」の回答です。ましてステージ衣装ならなおのこと。

さらに、体のラインがはっきりわかり、露出が多い場合はさらに配慮するべき項目が多くなります。

有り体に言えば「どこも隠せないから、どこにも気を抜けない」のです。自分の体の隅々にまで気を遣うことができるからこそ、あのような衣装を纏えるのですから。

さらに、単に露出度の高い服装だけで人前に出てしまったら、性的観点でしか評価してもらえない怖さを、あなたはきっと分かっていると思います。

それでも、魅せるコンサート、話題性といったこれまでのクラシックコンサートにない側面を打ち出して、衣装を楽しみにされるただ一人の演奏家になりました。

 

ユジャワンの真の強さと決意

あなたはきっと自信があったのですね。

衣装にどれだけ着目されたとしても、自分の演奏がそれを凌駕していくのだと。

その努力と決意の「しるし」として、あなたのその衣装が「モノいう」役割を果たしているような気がしてなりません。

事実、今あなたはその演奏テクニックと、磨き続ける表現力で確固たる演奏家としての地位を確立しようとしています。

ソロリサイタルだけでなく、世界一流の指揮者やオーケストラと次々に共演を重ねています。

どんな指揮者であっても、どんなオーケストラと一緒であっても、あなたはいつもその堂々とした露出度の高い衣装で、まるでステージが自分だけの遊び場のような自由さで、音楽へ熱意を持って生きているように見えます。

あなたのその生き生きとした演奏を見ているだけで、私は本当に幸せな気持ちになります。

元気をもらえるのです。きっと世界中にそんなファンがたくさんいるでしょうね。

あなたの存在はすでに、この閉鎖的と思われるクラシック音楽の世界に、ひとつの風穴を開けたように思います。

あなたの強さと決意が伝わりはじめているのだと感じています。

 

ピンヒールの動きやすさを知らぬ者の

それから、あなたの厚底ピンヒールにもよく注目されていますね。

あんな高い細いヒールでよくもピアノのペダルが踏めるものだと。

もっとペダルが踏みやすい靴を履いたらいいのに、と。

踵の高いピンヒールは実は履いてみると、ヒールを支点にして上下左右自由な足首の動きができるのだと、あなたを含め多くの女性は知っています。

厚底のハイヒールが実は座った際には安定することも、ヒールが高ければ高いほど厚底のほうがラクなことも、

その靴を履いたことのある女性は知っています。

そんなヒールを履いたこともない、見た目だけで判断する見当違いの批判はもううんざりでしょうね。

弾きやすいかどうか、それが演奏にとってどうなのか、決めるのはあなた自身なのですから。

 

セクシー衣装のピアニストはなぜ批判されるのか

今日もあなたは、眩しいほどに鍛え上げられたまるでアスリートのような下肢を惜しげもなく見せ、高いピンヒールの靴を履いたままピアノの前に座っているのでしょう。

伝統を重んじるクラシック音楽の世界では、確かにあなたは異端で、ある種の性的好奇心を呼び起こされる人々からは不快感を示されることもあるでしょう。

変わっていくこと、変わっていることを排除する、まさに「守り続ける世界」であるからこそ、そういった批判は免れません。

 

汝憂うこと勿れ

そんな意見が散見されるにつれ、私はいつもあなたにこんな声をかけたいと思っていました。

あなたの足はまるでアスリートのようで、セクシーさよりもむしろ健康的な肉体美にしか私には見えません。

ミニスカートでさえも、陸上競技の女性ランナーのランニングパンツのような機能性さえ感じます。

逆にいうと、実は自分でも「セクシーさ」が足りていないと、そう気がついているのかもしれませんね。

自分の持てる色気に気がついた時、往年の大女優がそうであったように、女性は少しづつそれを隠していこうとするものです。服を着ていようがどうだろうが、滲み出る女性としての色香に自信がついてきた頃には。

 

でもユジャワン。どうかこのまま憂い迷わないでください。

脚なんて出したければ出しちゃえばいい。ヒールなんて履ける時にどんどん履けばいい。

その健康的で、発展を期待させる健全な肉体に、演奏家としての精神力と女性の魅力がさらにより一層加わって。

あなたはきっともっともっと大きなピアニストになるのでしょう。

そして願わくば、あなたを目指してピアニストになりたいと思う女の子の、いつまでもお手本でいてほしい。短いスカートが今後どうなるのかも、楽しみで仕方ありません。そしてその変化はおそらく演奏技術とともに変化し発展していくのだと、私はそんな風に思っています。

 

素晴らしい演奏を今日もありがとう。

私は、あなたの映像を見ていなくても、その音だけでも十分幸せです。

いつか会えることを願って。   草々

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渋谷ゆう子

作曲家・渋谷牧人のレーベル「Nomius Nomos」マネージングディレクター。アルバム制作や演奏会企画運営を手がける。プロアマを問わず演奏家とのつながりが深く、自主制作アルバムの支援も行っている。ワルター/ウィーンフィル/マーラー9番/1938年がお気に入り。3児の母。

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