地方でフリーランスとして生きること

スキルなし&田舎・地方で働くフリーランスが12年半仕事を続けてこられた理由

はじめまして。奥地 美涼(おくじ みすず)です。

「西郷どん」人気に沸く鹿児島でフリーランスという形で仕事をして12年半になります。

この都度、ご縁があり当ブログで執筆させていただくことになりました。

初回なので、自己紹介も兼ねて、どんな経緯でフリーランスになり、どんな仕事をしているのか振り返ってみます。

 

 

就職ではなく、フリーランスの道へ

大学では土木工学を専攻し、コンクリートの研究が楽しくて大学院の博士課程まで進学しました。

東京の大学院を出た後は、バリバリ働くことを夢見ていましたが、当時お付き合いしていた方と結婚の話が……。

 

結婚するなら、鹿児島に帰らなくてはいけません。

 

悩みに悩んで出した結論は、結婚して一緒に暮らすことも、働くことも諦めないという生き方です。

 

夫になる相手は、転勤族。

一緒に暮らしながら、私も働き続けるにはどうしたらいいのだろうか。

 

その結論が「フリーランス」という形。

 

ただし、私と業務委託契約を結んでもいいという企業さまとの出会いがあったからこそ、できた選択でもありました。

 

特別なスキルがない私がやったこと

今でこそクラウドソーシングが生まれ、フリーランスという働き方が一般的になってきましたが、私が始めた当時はフリーランスというと、ライター、デザイナー、プログラマーといった一部の限られた職種のプロが多かったように思います。

 

そんな中、私には特別なスキルはありませんでした。

 

「WordとExcel、PowerPointは、不自由がない程度には使いこなせるな」
「文章を書くことは苦痛ではないな」
「研究をしていたから、データを見ての分析ならできるかも」

といった程度です。

 

だから、やりたい仕事を選ぶなんていう贅沢はできず、できること、できそうなことにチャレンジする日々でした。

 

その過程で出会ったのが、SEOとアクセス解析です。

 

当時、業務委託契約を結んでいた会社では、大手企業からのWebマーケティングの仕事が多かったものの、SEOとアクセス解析が分かる人材が不足していました。

これはチャンス!

あらゆる書籍を買い、最新情報をネットで仕入れ、勉強しながら、業務を担当しました。

 

「やる!」と言ったのに、できなかったら次の仕事はありません。

信用を失なう=仕事を失うことを意味します。

当時は泣く暇もないぐらい必死でしたね。

 

そんなことを繰り返すうちに、少しずつ信頼関係ができ、任せていただける仕事が増えてきました。

 

雑誌でOffice関連の特集記事や連載記事を担当できたときは、何もできない自分にひとつ名乗れるものができた気がして、本当に嬉しかったです。

 

田舎・地方で生き抜く道は「多動力」

ここで今まで担当した主な業務を振り返ってみます。

最も長いのがライティング業務とSEO、アクセス解析に関する業務です。

ブログ・SNSの運営管理、フォーラム管理、Webサイト制作のディレクション、雑誌の執筆、調査報告書の作成、通信教育教材の校正、教材の作成、在宅で働きたい方向けへの教育、社内データベースの整備、営業資料の作成、テレワークに関するコンサルティングのサポート、アンケートのクロス集計、新システムの評価など

正直、自分でも何屋さんか分からないぐらい、いろいろなことをさせていただいています。

 

何かのスペシャリストにならなくては……と焦っていた時期もありました。

でも、今はこれが私の生きる道なのだと感じています。

 

仕事自体は、インターネットの発達と社会の変化により、地方にいても都会の仕事を請け負うことができるようになりました。

ただ、専門的なセミナーなどは、都心での開催が多く、鹿児島ではなかなかありません。

本を片手にスキルアップするのにも、限界があります。

何かの分野のスペシャリストになるには、どうしても地方に住むハンディを感じます。

 

だから私は、流行りの言葉でいうと「多動力(掛け算のスキル)」で勝負しています。

ライティング、SEO、アクセス解析など、どれもがスペシャリストとは言えませんが、8割程度のスキルを複数持つ人という立ち位置です。

 

このスキル、実は小さな会社の方には、けっこう重宝いただいている印象。

 

もちろん、できない仕事はできないと伝えますが、信頼関係が作れると、「こんなことできない?」と相談されることが増えてきます。

 

例えば、スタッフが少ない会社だと、「ライティングだけ」というよりも、「会社のサイトとブログの運営を任せられる人」という方が便利なようです。

 

ちょっと手が欲しいときに思い出してもらえる人という立ち位置とも言えるかもしれません。

 

「来週のセミナー資料をきれいに整えて、足りない情報を足して欲しい」
「アポを取っておいて欲しい」
「お礼のメールを送っておいて」

といったことを頼まれることも。

 

会社のスタッフには話にくい、経営の悩みなどを聞くこともありました。

 

決して華やかで派手な立ち位置ではありませんが、お手伝いさせていただいている会社の業績が伸びたり、社長さんの夢が叶っていったりする様子を横で見られるのは、とても幸せです。

 

そしてそれがやりがいにつながっています。

 

本連載を通じて地方でフリーランスとして生きていくコツや心構えなど、経験談をお話していければと考えています。

次回もお付き合いいただけると嬉しいです。

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奥地 美涼

都会で働くキャリアウーマンを夢見て東京の大学院に行ったものの、企業に就職することなく、2005年から故郷である鹿児島でフリーランスという形で仕事をしています。地方に住みながらも約7割のお客様は関東の会社です。ライター業からスタートして、今はWeb関連の業務を主に担当しています。仕事に関するご相談は、HPの「実績&お問い合わせ」、あるいはTwitterのDMよりご連絡をください。

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