キレッキレなコラムからまじめな新書まで、変幻自在な文体で歴史の魅力を伝える五十嵐さん。
新卒入社した異業種の会社から転職し、編集プロダクションでの怒涛の日々を経て、どのように「歴史ライター」として活躍されることになったのか、お話を伺いました。
(文/池山由希子)
「好き」かつ「得意」を仕事にするため、ライターを目指した。講座には一番乗りし、講師をガン見。
───今日はよろしくお願いいたします。まず、五十嵐さんがライターになられたきっかけを教えていただけますか?
五十嵐綾子さん(以下、敬称略):直接的なきっかけは、宣伝会議主催の「編集・ライター養成講座」に通ったことです。ただ講座に通い始める前から、書くことを仕事にしたいという思いはありました。
───いつ頃から意識されていたんですか?
五十嵐:大学3年生のとき、就職活動のために将来のこと、そして自分のことをよく考え始めたんですね。そのときに、自分が好きで、周りにも評価されてきたのは「文章を書くこと」だったと気が付いて。高校のクラス文集にノンフィクション小説を書いたり、ミクシィの日記も友人に面白いと言ってもらえたりしたなあと。
なので就職活動をしていたときには、とにかく出版社に入りたいと思っていたのですが、なかなか内定をもらえず。当時は、出版社が編集プロダクションに雑誌や書籍の編集・制作を委託しているという構造も知りませんでした。
結局入社したのは、出版業界とは全く関連のない会社。業務内容に日々ミスマッチを感じていましたが、その環境でも「書くこと」に関しては評価してもらえたんです。「業務日誌、臨場感があって面白いね!」とか、あとは内定者代表挨拶の文章も褒めてもらえたりとか。
五十嵐:書くことを仕事にしたいという思いはより強くなり、社会人になってすぐ、宣伝会議主催の編集・ライター養成講座を受けることに決めました。講座に通ったからといってライターになれる保証はないけれど、一歩踏み出さないことには何も始まらないと思ったんです。
───新卒入社後、すぐに講座に通いはじめたんですね。すごい行動力。
五十嵐:いえいえ…。当時は何も実績がなかったので、せめてものアピールとして、講座には毎回誰よりも早く行っていました。一番前に座り、そして講師の方をじっとみつめるという(笑)。
すでにライター・編集者としてのキャリアがある講座生は、先生と実務的な話で盛り上がっていましたが、私の場合は「一番前に座ってたよね、すごい目が合った」とよく言われて(笑)。
毎回貪欲に取り組んでいたら、卒業制作では最優秀賞を受賞することができました。優秀作品は宣伝会議の雑誌に掲載されるので、それを持って出版社や編集プロダクションへの就職活動を行って。
結果として新卒入社した会社を一年経たずに辞め、3月には編集プロダクションへ入社。こうして振り返ると、激動の一年でしたね。
編集プロダクションでライター・編集者としての基礎をたたきこみ、のちにフリーランスに。
五十嵐:入社した編集プロダクションでは、編集・ライティング界隈の一通りの流れをみっちり学ぶことができました。ただ、労働環境がかなり過酷でして…。
朝8時半に出社して掃除、業務は終電までがデフォルト。終電を逃してもタクシー代は出ないので、東京の街を歩いて帰ったり。当時は睡眠不足で、しょっちゅうふらふらしてましたね。ふらふらしてゴミ箱につまづき、ひっくり返すのも日常。怒鳴り声がフロアに響き渡っていて、灰皿が飛んできて…。
───え…。
五十嵐:強烈なエピソードが本当はもっとたくさんあるのですが、すべて話すとそれだけで前編・後編にわかれるインタビューになってしまうので割愛します(笑)。
かなり大変でしたが、企画・取材準備・取材・執筆・編集などの業務をさまざまな媒体で経験できたことには感謝しています。ほかにもデザイン会社やカメラマンとのやりとりなど、幅広い業務をこなさなくてはならなかったのですが、だれも丁寧には教えてくれない。周りの方を見て、能動的に仕事を身につけていきました。
───どんな環境でも貪欲に取り組んでいらしてすごいです…。
五十嵐:もちろんすべての編集プロダクションがこのような状況というわけではないのですが…。とにかく業務が膨大、でもクオリティは絶対に落とせない。少ない時間で良いものをつくる集中力も養われたと思います。
五十嵐:さすがに入社3年ほどで本格的に身体の不調を感じ始め、退職を決意しました。ちょうどその頃、編集・ライター養成講座時代の知り合いに誘っていただき、ライター交流会に参加したんですね。その交流会でお仕事を紹介していただいたこともきっかけとなり、フリーランスとして挑戦してみることにしました。
名刺交換だけでは顔と名前は一致しない!得意ジャンルを確立させると、印象に残るライターになれる。
───五十嵐さんは歴史に関する記事を多く書かれていますよね。得意ジャンルはやはり歴史ですか?
五十嵐:そうです。小さい頃から歴史物の漫画や小説が大好きで、大学でも史学科を専攻しました。
得意ジャンルははっきりさせておくのが良いですよ。名刺交換しただけでは、なかなか顔と名前は一致しません。しかし得意ジャンルが確立されている人や、日頃から自分の好きなことを発信している人は、印象に残りやすい。
「歴史に関する案件だったら、この人に依頼しよう」と、思い出してもらいやすくなります。
五十嵐:私は歴史が大好きですが、研究者ほど詳しいわけではないので、歴史に興味のない方に対してもわかりやすく・親しみやすく書くことができるのが強みだと思っています。
例えばマイナビウーマンの連載「R18の伝記」も、歴史に詳しくない人でも楽しく読めるネタを選定しています。
───私、歴史に苦手意識があるのですが、この連載は面白くてスラスラ読めます!
五十嵐:編集部がテンポのいい文章に仕上げてくださるのですが、私自身も毎回すごく勉強になっています。多くの方に歴史を楽しんでもらうため、こういうポップな文体もとても効果的ですね。
「R18の伝記」記事一覧
取材当日に自分を強くするのは、「これでもか」というほどの準備。
───今まで印象に残っている案件も、歴史に関するものですか。
五十嵐:はい、全部歴史です!
『応仁の乱』という、複雑な内容であるにも関わらずベストセラーとなった新書があるのですが、そのPR担当の方へのインタビューはとても印象的でした。
取材までの準備期間が一週間ほどしかないなかで、300人以上の登場人物の相関図を書きながら内容を理解し…。これでもかというほどに準備をして臨みました。
取材当日に自分自身を強く、冷静にしてくれるのは、「やれるだけの準備をした」という事実です。そしてその心意気は取材相手の方にも伝わります。
五十嵐:ほかの案件を進めながら取材の準備をするのはもちろんとてもハードですが、歴史がとても好きなので、報酬以上の報酬を得ている実感があります。取材で得た知識がほかの案件でも役に立つ、ということも。
例えば以前、メディア「アリシー」の取材で吉原に関する落語を見にいき、その後まったく違うメディアの案件で、実際の吉原に取材に行くことになったんですよ。さらにまた別の案件で、「レキシズルバー」という歴史好きが集まるバーを取材したときにも、吉原についてのプレゼンが行われていました。
情報はこの世にたくさんあるので、一生かけてもすべて知ることなんて不可能だけれど、ライターの仕事を通じて得られる知識は一番の報酬だと思っています。
落語ってむずかしくないの? 初心者が落語カフェに行ってみたその昔、華の遊郭がありました ― 千束「カストリ書房」拝啓、歴史好きのみなさま。水曜日はあのバーで会おう ― 御茶ノ水「レキシズルバー」
ライターは、取材力・文章力で誰かを助ける黒子。
───ライターをしていなかったら何をしていたと思いますか。
五十嵐:何かを発信する立場にはあったかなと。今後も「歴史」と「文章を書くこと」を軸に、仕事の幅を広げていきたいと思っています。歴史アニメ・漫画の原案作りや、歴史小説の執筆などに挑戦してみたいです。
───では最後に、ライターの仕事を他の人に勧めたいと思いますか?
五十嵐:自身は黒子となり、媒体の特徴に合わせて情報を発信できる人には向いていると思います。
アカデミックな本から気軽に読めるウェブ記事まで、さまざまな案件に挑戦してきましたが、自分の取材力・文章力で誰かの役に立ちたいという思いは変わりません。
将来的には、ライター・編集界隈で、「歴史といえば五十嵐さんだよね」と頼っていただけるような存在になりたいと思っています。
───これからも五十嵐さんの歴史コラムを楽しみにしています!本日はありがとうございました。