広報・PRで効果を上げるにはどうすればよいか、悩んでいる方は多いと思います。
フリーランスのPRプランナーである宮下敦子さんは、大手企業で広報を長年務められました。現在はアメリカで、スタンフォード大学などのマーケティング講義を受けながら現地のコンテンツマーケティング情報を発信し、日本では大企業の若手有志団体ONEJAPANなどの広報として活躍されています。
「広報・PRに大切なのはその存在意義をよく理解していること」と語る宮下さんに、PRライター小林遼香が大手企業の経験から得た広報・PRのポイントを伺いました。
大手企業流、ステークホルダーと長期的な関係を築くには
───大手企業で長年PRを担当された宮下さんが考える「広報・PR」とはどのようなものでしょうか。
宮下敦子(以下、宮下):いきなり教科書そのままの答えになってしまいますが、「長期的視点でステークホルダーと関係性を築いていくこと」です。
私が企業PRに配属されたばかりの頃からこの定義は何度も聞いていたのですが、正直その真意を理解していませんでした。少しでも多くのメディアに掲載されること、ページビューや視聴回数を稼げることなど、本来のPRでは「入口の手段」に過ぎない部分ばかりに気を取られていました。
しかし、しばらくして会社の不祥事が発覚しました。ある意味世間の注目やメディアの掲載が爆発的に増える中で、これらの数字の中で本当に企業価値につながる部分はどこなのかわからなくなりました。結局価値をもって残ったものは、いわゆるバズった企画ではなく、先代が地道に築きあげてきた信頼でした。
同じユーザー1カウントでも、そこに蓄積されている信頼や好感の厚みは全く違います。長い目で見たときに企業を支えてくれるのはその厚み。量ではなく質です。
売上に直結することを求められる企業活動の中でも、PRはそのリレーション(関係性)を目的にできる深い仕事です。家族や友人、恋人とのリレーションシップと本質的には変わらない。
それを見失わないためにも、マーケティングや広告など関係部門と密に連携とすみ分けをして、もしくは自分でそれらすべて担うなら「PR視点」というのを分けて持っておくことが大切と思います。
───「長期的な信頼関係」を築くために意識されたことは何でしょうか。
宮下:情報を武器にしないことです。広報という部門にはさまざまな情報が集まってくるため、その「握っている」情報を出す・出さないというところがその部門の権威を高める武器になってしまいがちです。特に大企業ではその傾向が強いように思います。
でも本当の意味で信頼を得るためには、大前提の基本姿勢としてオープンでフェアであることが必要です。そのうえで出せない情報があるのであれば、それをきちんと説明すればいい。
これは企業広報を辞めてから知ったことなのですが、アメリカのスタートアップ企業の中には、社員全員の顔と基本情報だけでなく、各々の給料とその評価基準・計算根拠まで開示しているところがあります。透明性をアピールするためです。
それがいいか悪いかは置いておいて、グローバル広報となるとそういう企業と並ぶわけです。「出せるわけないでしょう」という常識なんて、いったん外して考えないといけない世界になってきたと感じます。
広報・PRには世の中を読む力が求められる
───広報・PR担当者はどんな力をつける必要がありますか。
宮下:世の中を読む力が大切だと思います。流行っていることというよりも、社会がどのような方向に向かっていくのか、企業としてどのような姿勢・トーンが好まれるようになってきているのかを感じ取る力です。
前提として、PRを担う人は「サイエンティストであり、アーティストである」と強いと思います。
ここでいう“サイエンティスト”とは、客観的知識を広く持っていたり、分析的視点で答えを導き出せる人。一方、“アーティスト”は自社製品の魅力を違う角度から見る力や、それを魅力的に表現・発信する力のある人。
一見難しいようですが、意識するだけでまったく変わってくると思います。たとえばメディアをチェックするときも複数の視点から扱っているものを比較し、客観的に分析したり。
新しいキャンペーンを考える時に、周りにある自然やそれこそアートにヒントをもらったり。それを楽しみながらできるといいですね。
───大手企業でPRを成功させたときの具体例を教えてください。
宮下:社内外問わず多くの方に喜んでいただけたという意味で効果的だったのは、1つのネタを大切に磨いて“再調理”することです。
たとえば商品の開発秘話やすごい技術のある人など、社内にさまざまなストーリーがあると思います。ただ、それを取材して記事にするまで結構手間暇かかりますよね。なので、的を絞って1つの題材を違った媒体、ツール、言語で“再調理”し何度も利用します。
たとえば、すばらしい加工技術を持った職人がいたとします。はじめはオウンドメディアで職人の生い立ちや普段どんな想いで仕事をしているか取材し、記事にします。それがどの層へ反響があったか調査し、今度は取材時に撮影した映像と組み合わせ、SNSなどちがう媒体に掲載するんです。
PRとしてはなるべくたくさんのことをアピールしたいと思うものですが、あれもこれもと多様なネタを発信しても、とくに今の時代溢れる情報の中ですぐ忘れさられてしまいます。
PRとして伝えていくのは個々の製品・サービスというよりその裏にある企業の考え方や方向性なので、それがにじみ出ている光る材料に的を絞り、いろんな調理法で丁寧に伝えていくのです。そこで大事なのは、軸を見つける手間を惜しまないこと。
軸がしっかりしていれば、同じコンテンツを媒体のターゲットに合わせてさまざまな形で発信できる。重なる部分の手間が省ける分コンテンツの質をあげることができますし、おすすめです。
広報・PRで最も重要なのはPRの目的を明確にすること
───広報・PR担当者はどういった戦略から始めたらいいでしょうか。
宮下:まず何のためにPRするのか、その目的を徹底的に掘り下げることです。極端な話、PRはなくても事業は回ります。
とくにこれからは広い認知度からスタートしなくても、製品やサービスが優れていて営業やカスタマーサービスなどすべてのタッチポイントで最高のものを届けられれば、自然と横に広がっていくからです。
だからこそ、そもそもなぜPRするのか、なぜ必要なのかが問われます。なんとなく広く発信しても結局届かないという傾向は今後加速するはずなので、軸や狙い、届ける価値をしっかり見極め一貫性をもってコミュニケーションをつづけないと、右から左に流れるだけで終わってしまいます。
プロジェクトごとにも「こういう人に、こういう感情になってもらって、こういう企業のイメージを持ってもらう」という狙いを明確に決めることで、何のためのPRかという軸がしっかりします。その土台を安定させるためにも、PRの目的を明確にするのはとても大事なんです。
───最後に、PRパーソンはどのような姿勢で取り組むことが求められるでしょうか。
宮下:しつこいようですが、信頼関係を構築するという目的に何度も立ち返ることです。
広報・PRは華やかな仕事に思われがちですが、こんな地味な職業はないと思ってます。1時期モテることより、目の前の人たちとずっといい関係を築いていくという、実生活でも1番重く大変な課題に企業として向き合うわけですから。
迷ったときは、自分の大切な人たちに対してだったらどうするかを考えてみてください。
話題性や掲載数などだけでなく、自分たちが本当に伝えたいことは何なのか、その情報に触れた人がどういう気持ちになるか、その人に本当の価値を渡せているかという本質に立ち返ることができ、それがうわべだけでない本当の関係性へとつながっていくはずです。
インタビューを終えて
インタビューを担当した小林遼香です。具体的な事例をふまえ、丁寧にわかりやすく説明してくださった宮下さん。
常に客観的な視点を持ちながらも、あらゆる角度から見つめ、1歩先を読む。そのために必要な知識や情報の収集を怠らない努力が成功の秘訣だと強く感じました。
PRパーソンとして自分も、社内だけでなく広く社会の状況を見つめ、みんながまだ気づいていないストーリー性を持たせるPRができるようになりたいと思いました。
(取材・執筆:PRライター 小林遼香/ 編集:PRライター 山口真依)