CDの作り手と聴き手の間

マイキング、ミキシング、マスタリングとは。そして音響オタクができるまで。

ミキシングやマスタリングなどという用語はよく耳にするけれど、よく分からないという方も多いのではないでしょうか。

スタジオのエンジニアがどのような仕事をしているのか、そしてその作品がどう出来上がっていくのかを、今日はお話したいと思います。

 

 

マイキングとは

録音の際に楽器や周辺にマイクを向けること。これがマイキングです。しかし、ただマイクを置いておけばいいわけではありません。マイクの角度や楽器との距離が違えば、録音される音が全く違ってきます。

どの楽器に、どのマイクをどのように立てて、どこまでの音をどう拾っているか。またそれを送ってくる導線が正しく綺麗に音をキャッチできているかどうか、エンジニアは常に厳しく見究めています。

さらには物理的な空気の振動である音が、どのような電気信号となって変換され、その電気信号をいかにうまくスピーカーから拡張させて、再びどのように空気を振動させるかを、工学的な観点も含めて決定し、作業をおこなっているのです。

クラシック音楽の録音では特に、楽器ごとに分けて演奏する”別撮り”をしませんので、楽器と楽器の共鳴や、空間全体の響きを計算し、音楽性をより良く捉えなければなりません。ちょっとしたマイクの角度、反響板の位置から、導線の種類に至るまで、その緻密なエンジニアの作業はまさに音の職人です。

 

 人間の耳とマイクの集音はどう違う?

レコーディングで時々、「客席にマイク立てれば、客と同じでイイ音録れるじゃん。」と言う演奏者に遭遇します。
自分が客席で聴いているような音にしてほしいという意味でおっしゃっているのだとは思いますが、マイクを観客の場所に置いても、自分が認識している音と同じにはならないのです。

人間の耳は カクテルパーティ効果という、便利で勝手な機能が備わっています。
周囲の音楽や大勢の人の話し声の中から、聞きたいものだけをフォーカスできるのです。
騒がしい音を遮断して、隣のひそひそ話を聞き分けるような経験をしたことがあるのではないでしょうか。

この性能のおかげで、演奏を生で聞く時も特定の楽器の音だけに集中したり、「自分の聞きたいようなイメージ」に合わせて無意識にバランスを取ったりもしています。
現実に鳴っている音と、脳が認知している音には乖離があるということです。

反対に、「キャッチできる範囲の音(空気の振動)をそっくりそのまま集めてくれる」のがマイクです。
それを耳に例えると、ただむやみに音を意識せず、ぼーっと耳に入れているのと同じような感じになる、といえば分かりやすいかもしれません。

だからこそ、レコーディングでは多くのマイクを使い、多チャンネルで音を集め、その楽曲の音楽性を合わせて「聞こえてほしいように作っていく」というエンジニアの作業が必要となるのです。

 

ミキシング・ミックスダウンとは

空間全体を捉えたマイクや、低音、高音、楽器ごとなど複数の回線を通ってきた複数のチャンネルを精査し、バランスや音色を決めていく。これがミキシングです。

多くのチャンネルを少ないトラックに移行させるのでミックスダウン、トラックダウンと呼ばれたりします。

バランスを整えるだけでなく、音色を変えたり、残響やノイズの調整など、その聞き分け能力にはいつも驚かされます。

このミックスダウンの段階で、それだけきちっと作れるかが作品の出来を大きく左右します。この作業の中で、私が一番興味深いのは「楽器の距離感が音でわかる」ようにする、ということです。
例えば、ヴァイオリン、チェロ、ピアノの楽曲CDを家庭にあるような小さなスピーカーを聴いていたとします。そのスピーカーの音でさえ、「ピアノはちょっと奥から聞こえる」とか、「ヴァイオリンとチェロは横に並んでいる感じ」など、その演奏空間を音から感じることがあります。

マイクは楽器にごく近く配置されているにも関わらず、再生する際にはそれぞれに距離感がでるようにまとめているなんて、ちょっと魔法のようです。

 

マスタリングとは

ミックスダウンされたそれぞれの楽曲を順に並べ、音圧や音量を揃えて、曲間を合わせてCDのマスター(原盤)にする。これがマスタリングです。
いろいろな洋服を綺麗に畳んで、大きさをそろえ、プレゼント用の箱に入れるようなイメージといえば分かりやすいかもしれません。

私が主に関わっているレコーディングの現場では、録音もミキシングもマスタリングもフルデジタル化されています。
音源をコンピュータに取り込み、音源の編集ソフトを起動し、あれやこれやの加工と処理をコンピュータで行い、CDの規格にしたり配信用のデータにしていきます。

また、昔のアナログマスターが経年劣化でだめになってしまうことを恐れて、デジタル化やリマスタリングされることも多いのですが、果たしてそのデジタル化が本来アナログが持っていた良さを保存しているのか、という意見も出たりします。

デジタル処理とはいえ人の手が加わる以上、誰が何をどうしたのかに違いがでて、同じ録音でもマスタリングが違えば、出来上がりも同じではありません。使ったソフト、機材、加わった人の技術やセンスが違えば、全く違ったものになるということです。

 

なぜ音響オタクが生まれるのか

オーディオ装置もまずまずのものを所有していた。トーレンスのプレーヤーとラックスマンのアンプ。小型のJBLの2ウェイ。独身時代にかなり無理をして買ったものだ。彼は古いジャズをアナログ・レコードで聴くのが昔から好きだった。(村上春樹『木野』より)

ミキシング、マスタリングを経て出来上がった音を、CDにするのか、アナログレコードにするのか、ハイレゾなのかと、出口の規格でまた音は変わってきます。

さらには、リスナーがどんな機材で再生するか、スピーカースペックはどうか、アンプが何か、さらにはオーディオルームの壁や、さらには電柱の場所(!?)に至るまで、その音の聴き方は無限の選択肢があります。

ブルックナーヲタク」の回でも述べましたが、”知識欲を刺激し、膨大な情報をストックし、微細な違いを判別できるようになるという自意識をくすぐり、達成感を得られる土壌” が、この音響やオーディオ機器の世界にも壮大に広がっているわけです。

クラシック音楽ファンは音響機器オタクも多く、楽曲への理解だけでなく、音質までこだわる耳の肥えたファンが大挙する世界です。

レコーディングやミキシングの知識や分類だけでなく、使用する音響ソフトや機器類のこと、音響工学にも造詣深く、生半可な知識では到底会話に参入できません。
だからこそ、またさらに知りたくなり、集めたくなり、耳を鍛えたくなるのでしょう。
このあたりもブルヲタと相通じるものがありそうです。

そんな世界へ作品を送り続ける演奏家とエンジニアの仕事に、今日も感銘を受けるのでした。

ああ、でもやっぱり、私も真空管アンプ欲しい。

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渋谷ゆう子

作曲家・渋谷牧人のレーベル「Nomius Nomos」マネージングディレクター。アルバム制作や演奏会企画運営を手がける。プロアマを問わず演奏家とのつながりが深く、自主制作アルバムの支援も行っている。ワルター/ウィーンフィル/マーラー9番/1938年がお気に入り。3児の母。

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