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地方でフリーランスとして生きること

フリーランスの出産&産休、保活~3人の子どもを地方で保育園に預けた経験から

Writer: 奥地 美涼
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地方でフリーランスとして生きること

鹿児島で12年以上フリーランスの仕事を続けている奥地さん。フリーの仕事自体が珍しかった当時から現在まで。どのように仕事を得て、どのように暮らしてきたのか。フリーランス × ローカルの視点で語ります。

こんにちは。

鹿児島のフリーランサー・奥地です。

最近、フリーランスの出産、産休、保活事情に関するニュースを目にする機会が増えてきました。

そこで今回は私自身の経験を書いてみようと思います。

家族の転勤で3年間過ごした奄美大島のビーチ

私には、長女(小6)、次女(小3)、三女(3歳)の3人の娘がいます。

ニュース等を見ていると、フリーランスだと不利だと思う話が中心ですが、私自身は3人の子どもを持つ決断ができたのは、フリーランスという働き方を選択したからだと思っています。

後述しますが、確かにフリーランスは守られていない、不利だと感じます。
ただ、選択肢が多いのもまたフリーランスです。

保育園に預けてフルタイムで働くのもひとつ、
子どもの面倒をみながら、できる範囲で仕事をするのもひとつ、
子どもの年齢がある程度大きくなるまで仕事を休むのもひとつ、
それ以外にも無限に選択肢があり、どの選択をするかは、自分で決めることができます。

これは、とても大変であり、幸せなことです。

長女編:保育園に預けるという決断

宮崎県都城市で生まれた長女

フリーランスという形で仕事を始めてすぐに授かったのが長女です。

当時は、特定の企業と業務委託契約を結び、フリーランス同士がチームを組み、業務を進める形で仕事に関わっていました。

フリーランスとして一緒に働く仲間は、大手企業を出産や育児のために退職した方が多く、保育園に預けて働いている方は少なかったです。
そんな環境でしたので、私自身も自宅で子どもの面倒をみながら仕事をしていくものだと思っていました。

長女のときは、担当している仕事自体が少なかったので、「仕事を失う」という不安は特にないまま出産。
産後3カ月ほどで、やりたい業務の募集がかかり、仕事復帰しました。
その後いくつかの業務を子どもの面倒をみつつ進めていたのですが、子どもが大きくなるにつれて限界に……。

子どもが昼寝をすると急いでパソコンの前へ。
夫が帰宅すると「面倒見てて!」と頼み 週に3日以上は朝の4時頃まで仕事。
家は散らかり放題、食事も手抜き、そんな自分に イライラが募ってばかり。

時間が限られているので、急ごうとすると確認が不十分になり、ミスが増え、どんどん悪循環になり、精神的にも辛い状況でした。

そのときに初めて保育園に預けることを考え始め、家族の奄美大島への転勤のタイミングに合せて保育園に預けました。
このとき、長女は1歳3カ月。

当時の奄美の保育園は、待機児童はいなく、フリーランスでもすんなりと保育園に入れました。

ただ、時間的に融通の利く働き方ということもあり、「そんなに朝早く預けたら子どもが可哀そう」「もっと早く迎えに来れないの」と言われたときは、正直辛かったです。

保育園に預けることで、オンとオフの切り替えがうまくいき、家族でゆっくりと心穏やかに過ごせる時間が増えました。
また仕事も、最低でも保育園代は稼がなくちゃーという気持ちが生まれ、少しずつ軌道に乗せることができた時期です。

次女編:産休をとらないで働ける幸せ

奄美大島生まれの次女。でも記憶はないかな……。

次女は、奄美大島で授かり、奄美で生まれました。

少しずつ任せていただける仕事が増え、とても充実している中での出産。
産休をとりたいというよりも、「早く仕事がしたい」という気持ちでいっぱいでした。

周りからは心配もされましたが、急ぎの仕事が発生せず、比較的自分のペースで進められる業務のみ、ほとんど休みをとらずに仕事を継続。
休んだのは、出産の前後の2週間程度だったと思います。

仕事がしたいのを我慢して、育児に専念していたら、私はノイローゼになっていたかもしれません。
大好きな仕事ができて、大切な子どもたちとの時間も持てる、それを叶えてくれたのがフリーランスという働き方でした。

そして8カ月で姉と同じ保育園へ。
幸い、特に苦労することもなく、入園できました。

ただ、その後、家族の転勤で鹿児島市の保育園に転園したときは、希望する保育園が既にいっぱいで、空きのある保育園のそばに住むことにしました。

三女編:フリーランスは不利だと痛感

姉の後ろを追いかける三女

姉の後ろを追いかける三女

三女は鹿児島市で出産しました。

大きな仕事を終えてからの妊娠だったこともあり、初めて休みたいと思う気持ちになり、業務をかなり減らした時期も含めると、産前、産後で合せて1年ぐらい休みました。

仕事がなくなる不安というよりも、一度気持ちをリセットしたいという感じだったのだと思います。

けっこうのんびり過ごしていました。

三女のときは仕事に復帰したいというよりも、復帰しないと働きたい気持ちがしぼんでしまうのではないかという不安が大きく、4月入園にあわせて8カ月で保育園へ。

産休明けの仕事復帰という気持ちで申請書を書き、市役所に持って行ったところ、フリーランスの場合は産休明けという扱いはできず、新規で申し込むように言われました。
「私は、堂々と休んだらいけない立場だったのかな」と感じ、悲しさと寂しさで何とも言えない気持ちになったのを今でも覚えています。

実際、鹿児島市の保育園の入園は、自宅内労働か、自宅外労働かで、入園のしやすさが変わる制度でした。
結局、わが家は、無事に入園できましたが、今でも心のモヤモヤは残ったままです。

最近は、こういう面での改善が行われてる自治体も出ていると聞きますので、それはとても嬉しいことですね。

最後に

フリーランスの場合は、出産で仕事を休めば仕事を失う可能性があります。

復帰する場が必ずあるわけでもありません。

仕事を休んでいる間は無収入になってしまいます。

この点を踏まえて、フリーランスという働き方を選んだのだから自分の責任なのかもしれませんが、辛かったり、頼りたかったりする日もあるのです。

最近、ママ友に「私はフリーで働いているから、時間的な都合はつけやすいんだけど」と話したところ、「えーー!それだったら、仕事の時間が減っちゃうと、収入も減っちゃうんでしょう。無理して時間調整しないで、働いた方がいいよ」と言われたときは、自分の状況を分かってもらえて嬉しかったですね。

私は、フリーランスという働き方を選び、この選択が良かったと思っていますが、誰にとってもベストな働き方であるとは考えていません。

ただ、性別や住んでいる地域、スキル、年齢などによらず、フリーランスという働き方を選びたい人が、選択できる世の中になったらいいなと強く願っています。

奥地 美涼

奥地 美涼

都会で働くキャリアウーマンを夢見て東京の大学院に行ったものの、企業に就職することなく、2005年から故郷である鹿児島でフリーランスという形で仕事をしています。地方に住みながらも約7割のお客様は関東の会社です。ライター業からスタートして、今はWeb関連の業務を主に担当しています。

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